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大青島は、小青島や白翎島と同じフェリー航路の途上にある。いずれもわが国の西海最北端に位置するという共通点を持ちながらも、三つの島がまとう色合いはそれぞれに違う。
なかでも大青島は、その名のとおり「青」をまとった島だ。島に降り立った旅人は、青が幾重にも積み重なって刻まれた10億年の記録に思わず息をのむ。まるで巨大な地質博物館に足を踏み入れたかのように、波と風が彫り上げた海岸地形が、一瞬ごとに驚きの絶景を差し出してくる。しかも島の大きさもほどよく、車はもちろん、歩いても自転車でも旅を続けられる。
それだけではない。地元の人々でつくるジオガイドが、島に秘められた物語を生き生きと語り聞かせてくれる。私自身、何度かの旅で彼らの献身的なガイドを体験してきた。誰でも「白翎・大青地質公園」のサイトから申し込むだけで、気軽に案内を受けられる。
一方で大青島は、食の楽しみにも満ちた島だ。季節ごとの新鮮な海の幸はもちろん、ガンギエイやパレンイの刺身、ムール貝のカルグクスなど、めったに味わえない美食のラインナップまでそろっている。しかも先津洞港のほど近くにある食堂街では、好みに合わせた一品料理から白飯定食まで楽しめるのだから、まさに文句なしの旅が待っているはずだ。
旅行作家 キム・ミンス 韓国のおよそ300もの島を旅してきた。『島っていいじゃない』、『島で過ごすひと晩』、『大韓民国100島めぐり』などを執筆し、雑誌や新聞、放送を通じてその物語を紹介している。本土と島とのあいだに、どんな橋よりも頑丈で、自由な道をつなぐ活動をしている。
10億年の記録を綴る、不思議な地質の事典
大青島に着いた旅人の多くは、時計とは逆回りに島をめぐっていく。ノンヨ海岸、ミヤドン海岸、玉竹洞海岸砂丘を一刻も早く目にしたい——そんな気持ちがはやるからだ。島の東海岸は、旅への期待をひと口目で満たしてくれるほど、抜きん出た絶景を抱いている。
この島に、旅の見慣れた風景など初めから存在しないのかもしれない。訪れるたびに新しく、神秘はいっそう深まっていくのだから。ノンヨ海岸は、満ち潮と引き潮が描き上げた巨大な自然のキャンバスだ。奇岩怪石と白砂が溶け合う光景は、まるで見知らぬ惑星にふと降り立ったかのような錯覚さえ呼び起こす。ここの砂州は、足跡すら深く残らないほど固く締まっている。海へ帰りそびれた海水は、浜のあちこちに小さな水たまりを残し、そこにまた別の世界を映し出す。
ノンヨ海岸にどっしりと立つ「年輪岩」は、その静かな水面から突き出て、浜の歴史を締めくくる主役だ。長い歳月をかけて幾重にも積み重なった地層は、やがて途方もない地殻変動に見舞われた。自然の巨大な力は水平に流れた時間を垂直の軸へと反転させ、岩肌にまで古木を思わせる深い傷跡を刻みつけたのだ。
風に乗って流れる、生態の指標
ノンヨ海岸から道を一本渡ると、巨大な砂の丘が姿を現す。「韓国のサハラ」と呼ばれる玉竹洞海岸砂丘だ。国内で唯一、いまも動き続けているこの砂丘は、かつて白翎島の干拓事業のころ、海の砂が北風に乗って飛ばされ、積もり重なって生まれたものだ。
けれど、広く発達した砂丘の地形は、農地を覆い、家の中にまで砂を吹き寄せるなど、暮らしに不便をもたらす原因にもなった。結局、住民の要望を受けて防風林を整えると面積も高さも大きく減ったが、そのエキゾチックな趣は今もこの地ならではの魅力として残っている。
近年は、砂丘の原形を取り戻し、その価値を守ろうとする取り組みが盛んだ。展望台を設けたほか、2026年夏には「白翎・大青地質公園センター」を建て、地質学的な情報を体系立てて伝える中核拠点とした。風向きに従って姿を変える砂の丘は、大青島の環境の移ろいを直感的に映し出す、まさに生態の指標といえる。
大青の人々のくつろぎの憩い場
家族連れにぴったりのチドゥリ海岸は、なだらかな傾斜と浅い水深のおかげで、大青島では夏の水遊びの聖地として知られている。シャワー室やパーゴラといった設備もよく整い、休暇シーズンには島じゅうからデリバリーが届くほどで、心地よく羽を伸ばすには申し分ない。
とりわけチドゥリの東海岸は、地質学的にも大きな価値を秘めている。15億年前に積もった地層が地殻変動を経て上下が入れ替わった断面を、肉眼でありありと観察できるのだ。
「チドゥリ」とは、蝶番を指す韓国固有の言葉だ。大青島の巨大な珪岩の地層が幾層にも噛み合いながら海へと続いていく姿を眺めていると、その名の由来にも自然とうなずける。
大青島を代表する散策路、サムソトレッキング
かつて大青島は、ソンゴルメとも呼ばれる狩猟用の鷹、海東青の主要な生息地だった。今も「メマッコル」という古い地名が残っているが、これは狩猟用の鷹を育て、訓練した「メマッ」があった場所だ。
メバウィ展望台からモレウル海岸、そしてソプンバジへと続く大青島西側の海岸を見下ろせば、翼を広げた鷹の姿が浮かび上がる。メバウィ展望台を出発し、サムガク山の頂へ登り、クァンナンドゥへ下りてソプンバジをぐるりと巡って戻る7kmのコースは、サムガク山の「サム」とソプンバジの「ソ」をとって「サムソトレッキング」と呼ばれる。大青島が誇る代表的な散策路だ。
サムガク山は島の中心軸をなし、メバウィ展望台から歩き出せば難なく登りきれる。標高343mの頂に立てば、視線は大青島のオクチュクトン海岸を越え、白翎島、そしてその先の北朝鮮の地まで一気に駆け抜けて届く。目に見える境界はどこにもないのに、旅人なら誰しもその向こうを思い描き、しばし襟を正すそんな場所でもある。
アカマツが抱く、ロマンの海
モレウル海岸は、サムガク山を下ってソプンバジへ渡る手前に姿を現す海辺だ。1kmに及ぶ白砂の背後には、樹齢200年を超えるアカマツの群落が広がっている。ここの松は、赤みを帯びた幹が亀の甲羅のように割れ、独特の斑模様を刻むことから麒麟松と呼ばれる。潮風に耐えながら自生してきたためか、その枝ぶりもまた一本ごとに異なる。
きめ細かな砂浜と赤い松林が溶け合うモレウル海岸は、大青島で最もロマンチックな風景に数えられる。夕焼けのころ、キリンショウの間から差し込む光は時が止まったかのような静けさを醸し出し、旅人の心に深い余韻を残す。
モレウル海岸は、その美しさにとどまらず、近隣の村の安寧を祈る神聖な場所としての役割も担ってきた。荒々しい潮風から暮らしを守る防風林であり、平穏を願う鎮守の杜として、島人たちの切なる思いを黙って見守り続けてきたのだ。
風波に立ち向かってきた巨大な盾
ソプンバジは標高80mの垂直の絶壁だ。西から吹きつける荒々しい風浪を全身で受け止め、大青島西側の海岸を守る盾の役割を果たしてきた。風波に削られ、白い素肌をあらわにした珪岩層こそ、この荘厳な景観のシグネチャーだ。
さらに、岩の割れ目に根を張るスゲ類や、潮風に耐えようと身を低くした松の群落までソプンバジは、荒々しい地形と力強い生命力がぶつかり合って生まれた、ありのままの風景を抱いている。そして、各所に設けられた展望台から遠い海のはるかさと切り立った絶壁のめまいさえ味わえば、まるで自然が描いた雄大な絵巻の上を歩いているような気分にさえなる。
散策は、クァンナンドゥ亭子閣を起点にソプンバジを一周し、元の地点へ戻ってくることで完結する。
わずか3.2kmの道のりだが、自然の重厚な力が足の裏から伝わってくるほどのインパクトを備えているだけに、サムソトレッキングは荷が重いという旅人でさえ、ここだけは決して外さない。
ひと呼吸、置いていこう
クァンナンドゥ亭子閣の南に延びる散策路を400mほど進み、海のほうへ数歩踏み出すと、日没展望台がふいに姿を現す。たどり着きやすい場所ではあるが、うっかりすると素通りしてしまいがちなので、目を凝らして探したい。
展望台に立てば、海を隔てた小青島の眺めはもちろん、トクバウィやキルマガリといった奇岩怪石が織りなす大青島の海岸絶景が、ぐるりと視界いっぱいに広がる。やがて日が傾くころ、この場所は西海の荒々しい気配をそっと鎮める、静けさの空間へと変わっていく。
重い雲の向こうへ一日の陽が沈んでいくとき、旅人は呼吸を静め、自分だけのまなざしを研ぎ澄ます。島には、急がない者だけに許される時間がある。ときに静寂や寂寥さえ、深い余韻を残していく。展望台の手すりに身をあずけて眺める風景に、濃やかな慰めを感じるのはそのためだ。
大青島は、フクサンドと並ぶガンギエイの産地として知られる。大青島のガンギエイは古くから《新増東国輿地勝覧》に仁川都護府を代表する土産物として記されるほど、その名を広く轟かせてきた。
たどってみれば、今日フクサンドのガンギエイが誇る名声の陰には、大青島の漁師たちの足跡が深く染み込んでいる。1970年代、腕利きの大青島の漁師の一部がフクサンドへ移り住み、餌をつけない空の針でガンギエイを釣り上げる「コンジュナク漁」の技を伝えたのだ。大青島もまたフクサンドと同じく、味わいの基本は「生ガンギエイ」。もっちりとした食感と、淡く上品に広がる旨みは、産地でしか味わえない特権にほかならない。
大青島が美食の島と呼ばれる理由は、それだけではない。ワタリガニ、クロソイ、サワラ、ムール貝も豊富に獲れる。カンジェミを使ったパレンイの刺身もまた、大青島でぜひ味わいたい絶品として名高い。
① タプトン海岸
② カフェ・ザ・ブリック96
③ ソンジン港
2026年の「島の旅を楽しむ年」にあわせ、政府が実施する旅行費用の支援策を活用すれば、最大10万ウォン相当の特典が受けられる。ぜひ使ってみよう。
2026年から2035年までの10年間にわたって進められる第2次西海5島総合発展計画を通じて、大青島はいっそう充実した観光インフラを備えていく。暮らしの環境を整えるのはもちろん、主要な拠点ごとに観光施設を拡充し、アクセスを強化することで、「持続可能な島の旅先」としての地位をさらに確かなものにしていく予定だ。