漢陽を守る西海の関門、江華島

江華島は、西海からソウルにつながる軍事的、地理的な要所です。朝鮮時代には丁卯胡乱(1627)、丙寅洋擾(1866)、辛未洋擾(1871)などの外国との戦いを経験し、王朝を守る護国の先兵としての役割を果たしました。そのため、外国からの侵攻が頻繁に起きた江華島の海岸には、外国との交戦に備えた防衛施設が残っています。

江華広城堡

辛未洋擾(1871)の際、アメリカの艦隊が通商を求めて江華海峡に進撃してくると、朝鮮はこれに対抗して大砲を打つなど激しく抵抗しました。しかし、戦力の違いはあまりにも大きく、4月23日に草芝鎮が陥落し、翌日には徳津鎮が陥落しました。アメリカ艦隊による攻撃は広城堡に向かい、当時広城堡を守っていた中軍の魚在淵と部下の兵士たちは力いっぱい戦いました。しかし、結果は惨憺たるものでした。重傷を負って動けなかった少数を除き、ほぼ全員が殉国しました。

江華広城堡 1
江華広城堡 2 江華広城堡 3

広城堡は、徳津鎮、草芝鎮、ヨンヘ鎮、文殊山城などと共に江華海峡を守る重要な要塞でした。「総合墩台セット」と呼ばれるほどに、墩台や鎮営が揃っています。見晴らしのいい歴史公園となっており、広城墩台、孫乭モク墩台、龍頭墩台があります。入口にある按海楼と豊かな松林を抜けて海辺に出ると、美しいことで有名な龍頭墩台です。海流が渦巻く孫乭モク海峡が墩台の眼下に広がり、ひやっとさせられます。

江華広城堡 4 江華広城堡 5
  • 住所 仁川広域市江華郡仏恩面徳城里833
  • 電話番号 032-930-7070
  • 利用時間 09:00~18:00、年中無休
  • 利用料金 大人 1,100ウォン、青少年・子ども 700ウォン
  • ホームページ www.ganghwa.go.kr/

江華草芝鎮

辛未洋擾(1871)の際に江華海峡に姿を現したアメリカ艦隊は、海兵450人を上陸させるために艦砲を撃ちました。草芝鎮守備隊も大砲を撃って阻止しようとしましたが、火力で劣勢にあったため、4月23日には占領されるに至ります。その結果、武器庫や火薬倉庫などの軍事施設はすべて破壊されました。1875年9月には、日本の軍艦「雲揚」が釜山から西海岸を北上して江華島を侵犯しました。草芝鎮の砲台から砲撃して阻止しようとしましたが、雲揚の艦砲による攻撃に草芝鎮は破壊されました。雲揚号事件をきっかけに、日本は朝鮮に対して開港を要求し、その結果として江華島条約が結ばれました。

江華草芝鎮 1
江華草芝鎮 2 江華草芝鎮 3

こうした外国からの侵略行為により、草芝鎮は完全に破壊されました。草芝墩・長子坪墩・蟾巖墩の3つの墩台がありましたが、現在では草芝墩のみが1973年に復元され残っています。楕円形の草芝墩には、砲座3ヵ所と銃座100ヵ所あまりが残っています。樹齢約400年の松の木が立っていて、そこには戦闘の際に飛んできた砲弾の欠片による傷が残っています。

江華草芝鎮 4 江華草芝鎮 5
  • 住所仁川広域市江華郡吉祥面ヘアンドンロ58
  • 電話番号032-930-7000
  • 利用時間夏期(3~10月) 09:00~18:00、冬期(11~2月) 09:00~17:00、年中無休
  • 利用料金大人 700ウォン、青少年 500ウォン
  • ホームページwww.ganghwa.go.kr/

江華徳津鎮

丙子胡乱(1636)の後、 朝鮮王朝は江華島を守るために内城・外城・墩台・鎮堡などから成る十二鎮堡を築きました。徳津鎮はその一つです。粛宗5年(1679)には、龍頭墩台と徳津墩台を持ち徳津砲台と南障砲台を管轄するようになり、江華海峡で最も強力な砲台となりました。徳津鎮が外国と戦ったのは、丙寅洋擾(1866)の時です。フランス人神父のリーデルと朝鮮人のカトリック信者3人の手引きにより江華島に上陸したフランス軍は、容易く江華島を占領しました。特産品の数々、金塊、武器などはもちろん、外奎章閣に保管されていた数千冊の蔵書が略奪されました。このとき、巡撫営千摠の梁憲洙が10月1日に軍隊を率いて徳津鎮から鼎足山城に入って陣を敷き、10月3日にフランス軍と戦って勝利します。その結果、フランス軍は江華城を略奪してから撤退します。

江華徳津鎮 1
江華徳津鎮 2 江華徳津鎮 3

辛未洋擾(1871)の際は、アメリカ艦隊を相手に激しい砲撃戦の末勝利しましたが、草芝鎮に上陸したアメリカ軍によって占領されます。このときに城壁がすべて破壊されました。辛未洋擾のときに崩れた城郭と墩台、砲台は、1976年に復元されています。

江華徳津鎮 4 江華徳津鎮 5
  • 住所仁川広域市江華郡仏恩面徳城里846
  • 電話番号032-930-7074
  • 利用時間09:00~18:00、年中無休
  • 利用料金大人 700ウォン、青少年 500ウォン
  • ホームページwww.ganghwa.go.kr/

月串墩台(燕尾亭)

「月串(ウォルゴジ)・赤北島・通津・豊徳は二つの川の境界が分かれる場所で、水路の中でも第一の要害処となり、船を停泊させるのも便利である故、もし月串から蟾巖までの間に舟師を配置して潮汐の形勢に乗り舟を運航させるなら、むしろ可能でしょう。」

『朝鮮王朝実録』の粛宗7年5月21日に記録のある、江華留守・李選が上疏した内容の一部です。月串が漢江と臨津江が合流する要所であるため、軍船を適宜配置して有事に備えたら良いというものです。この軍事的な要所である月串に築かれた防衛施設が月串墩台です。月串鎮に属する墩台で、江華海峡の北の海を守っていた施設です。平時の月串鎮の重要な任務は、海から攻め込んでくる外敵が近づけないように厳しく検問して捜索することでした。

月串墩台(燕尾亭) 1
月串墩台(燕尾亭) 2 月串墩台(燕尾亭) 3

月串墩台には燕尾亭という東屋があります。そこに上ると、北には開豊郡と坡州市が、東には金浦市が一望できます。昔は西海からソウルに入る船が東屋のそばで錨を下ろし、潮流を待ってから漢江に入ったそうです。朝鮮仁祖5年に起きた丁卯胡乱(1627)の際に、後金と江華条約を結んだ場所でもあります。

月串墩台(燕尾亭) 4 月串墩台(燕尾亭) 5
  • 住所仁川広域市江華郡江華邑月串里242
  • 電話番号032-930-7072
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