東仁川 路地散策-開港場通り-

1876年に日本と締結した江華島(カンファド)条約によって仁川港が開港され、日本の文物だけでなく日本人も仁川にたくさん入ってくるようになりました。当時、建てられた日本式木造建物と銀行は今もその姿を維持したままカフェや商店、博物館などに使用されています。
清・日租開地 境界階段
租界地とは開港期に外国人が居住していた地域のことで、清・日租開地 境界階段を中心に左側は清国租界地、右側は日本租界地に区分されています。中央には石階段が配置しされ、左には孔子の像と中国式の石灯籠、右には日本式の石灯籠が置かれています。階段は「自由公園」ともつながっているので多くの人が訪れるスポットです。
開港場 日本家屋通り
仁川港は約130年前に日本と締結した江華島(カンファド)条約によって開港され、日本の文物だけでなく西欧文物が入ってくる場所でもありました。開港場跡には以前の日本式木造建物がカフェや商店または中区庁で使用する付属建物等に利用されています。「関東オリジンカフェ」と「Pot-R」は日本式住宅の姿をそのまま保っている代表的なカフェでありカフェ内部ではその当時の様子を垣間見ることができます。
日本銀行通り
仁川港は1876年に日本と締結した江華島(カンファド)条約によって開港され、その結果多くの日本人が仁川で暮らすようになりました。その際、仁川で暮らすようになった日本人たちのために石造、木造、レンガなどの建築資材を利用し、異国的な建築様式を持った銀行が設立されました。1883年に建てられた日本第1銀行は、韓国で最初の近代的な金融機関であり、現在は開港博物館として活用されています。日本の長崎に本店を置いた「第18銀行」は仁川との貿易量が増大したため設置されたもので、1890年に初めて海外で設立した支店です。