仁川は開港と同時に近代文明とともに宗教、教育も受け入れました。当時、外国の宣教師たちは済物浦(チェムルポ)港を通じて韓国に渡り、信仰先祖たちの宣教活動の影響で全国にカトリックが広がりました。
初の宣教修道女の到着地
開港後、カトリック教の第7代朝鮮教区長だったブラン司教の要請で、 1888年に宣教活動のために4人の修道女が仁川港に到着しました。彼女たちはシャルトル聖パウロ修道女会所属で、朝鮮で宣教活動を始めました。 中部警察署正門横の花壇記念碑は、初の宣教修道女の到着地を記念し、シャルトル聖パウロ修道女会の韓国設立120周年を祝い建てられたものです。
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住所
仁川広域市 中区 港洞1街 5-2
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連絡先
+82-32-760-7114
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ウェブサイト
済物津頭 殉教記念経堂
「済物津頭(チェムルジンドゥ)殉教記念経堂」は両手を合わせて祈りをささげる姿を形象化して建てられました。丙寅洋擾の際カトリックの迫害が始まり、仁川初の殉教者であるイ・スンフンペトロの子孫とパク・スンジプペトロの母方のカトリック信者を公開処刑した場所で、10人の殉教者を祀るために建設されました。
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住所
仁川広域市 中区 済物梁路 240番キル
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連絡先
+82-32-764-4191
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ウェブサイト
海岸聖堂
「海岸聖堂」は1950年代後半、仁川に居住していた華僑のために建設された聖堂です。もともとは「善隣華僑聖堂」という名前でしたが、1970年代になると華僑が自国に戻り信者が減り、一般聖堂に改名されました。小さな聖堂ですが、現在でもミサが行われています。
大韓聖公会仁川内洞教会
「大韓聖公会仁川内洞教会」は「虹霓門(ホンイェムン)」の東の丘に上がると目の前に広がる古風な建物で、仁川広域市有形文化財第51号に指定されるほど宗教、歴史と関係が深い建物です。また、1891年建築された聖ミカエル教会が韓国戦争で焼失され、1955年現在の位置に韓国戦争で戦死したイギリス兵を追悼するために遺族の募金で建設した戦争記念教会でもあります。中世の伝統と初期キリスト教のバシリカ様式で建てられた教会は韓国でも1つしかない建物です。教会を取り囲んだ木の下のベンチに座ればリラックスした時間を過ごすことができます。
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住所
仁川広域市 中区 開港路45番キル 21-32
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連絡先
+82-32-765-9004
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ウェブサイト
畓洞聖堂
仁川教区を代表する聖堂である「畓洞(タプドン)聖堂」は、韓国の聖堂の中で最も古い西洋式近代建築物の一つです。レンガ造りを取り入れたロマネスク様式で1890年代に建てられました。雄壮で異国的な雰囲気を醸し出しているため、多くの人々から愛されています。また、文化芸術的な価値が認められ1981年史蹟第287号に指定されました。
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住所
仁川広域市 中区 又玄路50番キル 2
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連絡先
+82-32-762-7613
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ウェブサイト
聖パウロ聖堂
1894年に仁川港で腸チフスが発症し、治療も受けられず死んでいく多くの人々のために、マラバル神父の建議で「畓洞(タプドン)聖堂」内に「聖パウロ女子修道院」が設立されました。聖パウロ女子修道会は保育事業とともに無料診療を媒介とした宣教活動を行いました。1894年始まった海星保育院は近代児童福祉施設の嚆矢です。
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住所
仁川広域市 中区 又玄路50番キル 2
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連絡先
+82-32-762-7613
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営業時間
00:00-24:00
定休日 : 年中無休
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ウェブサイト
イ·スンフン ペテロの墓
韓国初の洗礼者であるイ・スンフンは1874年に父親について清の北京で教理を学んだ後、「朝鮮教会の礎になれ」という意味でグラモン神父からペトロという名前と共に洗礼を受けました。「イ・スンフンペテロの墓」は、仁川南洞区の長寿(チャンス)浄水場公園がある山の中腹に位置します。